今週のお題「部活」
中学生になったら写真部に入りたいと思っていましたが、残念ながら入学した中学には写真部がありませんでした。
「ぽっちと合宿行ったら楽しいかも」そう友達に言われ、吹奏楽に興味がなかったにも関わらず、二つ返事で入部。ソプラノサックスを担当したものの、半年足らずで退部。リズム感覚がなく、練習しても上達しないのが面白くなく、辞めてしまいました。友達の誘いで決めてはだめですね。吹奏楽が好きになれていたら違ったんだろうと思います。
その後、美術部に入部。美術部は本当に絵が好きで入っている子、他の部活を辞めて部活は強制だから仕方なしに入っている子、どちらにも当てはまらないけどサボるわけでもなく毎日美術室の後ろでプロレス技の練習をする男子などで構成されていました。
私は元々絵を描くのが好きだったので、美術部の活動は楽しくてたまりませんでした。
クロッキー帳にデッサンや図鑑の写真の模写、ポスターの図案を描くまじめな時期もあれば、ひたすら好きなキャラクターを描きオタク度を高める時期もありました。レジンや粘土で立体造形物を作ったことも覚えています。月に1度は顧問の先生に美術館や写生に連れて行ってもらいました。土日の活動はその月に1回程度だけだったので、休日を自由に過ごせたことも、ストイックなことは苦手な私にあっていたのだと思います。
そんな楽しかった美術部のことを思い出すと、必ずイチハラ先輩の作品のことを思い出します。1学年上の先輩で、何をしても上手に作って、ポスターを描けば必ず賞をとる、美術部のエースでした。しかも美人で優しくて面白い。こんな立派な人がいるんだな、と入部当初からあこがれていました。
しかし、ある日のことです。その日は顧問が会議でいないので、好きに活動していい日でした。私たちはいつものようにクロッキー帳にダレン・シャンやPEACEMAKERの二次創作絵を描いていました。先輩たちの机からはクスクスと笑い声がします。覗いてみると、イチハラ先輩が粘土をこねている様子。笑っているけども、時々、「いや、ここはもっと大きいわ!」とか「このラインは実物より派手にいったほうがそれっぽい」とか、真剣な意見もとびかっていました。
外が暗くなりはじめ、そろそろ部活動の時間も終わるという頃。
「できたーーー!」
美術室中に響く大きな声をあげてイチハラ先輩が掲げたのは、どんぶり鉢くらいの大きさの抽象的な物体でした。
なんだなんだと集まる部員にイチハラ先輩は「これ、コーティー(顧問)の尻!」と言い放ちました。
顧問のコーティーは20代後半の女性で、尻がとても大きく、しかも不格好なのが特徴でした。ズボンは裂けるのではないかというくらい尻部分の生地が張っていたし、前から見ても骨盤の左右が膨らんでいるくらい横に広い尻でした。当時、そのような尻は他に見たことがなく、大変珍しい形だと思っていました。
コーティーは尻がでかい。そして変な形。それは私だけでなく、部員全員が思っていたことだと思います。しかし、今まで一度も口に出したことはありませんでした。コーティーは優しくて友達のように親しみやすい先生で、ムカつくところもないから、尻がデカいなんてそんな悪口を言ってはいけないという空気がありました。
しかし、イチハラ先輩は持ち前の天真爛漫さと手先の器用さで、皆が気にはなっていたけど言えなかったことを作品として作り上げてしまいました。当時は悪ふざけとしか思っていませんでしたが、今は皆が言えなかったことを作品として表現するイチハラ先輩のセンスと度胸は並々ならぬものだと感心します。
イチハラ先輩の作品を囲んで、部員皆がお腹が痛くなるくらい笑いました。ちょっと膝をクロスさせておしっこが漏れるのを防がないといけないくらい笑いました。
「ほんまによくできたわ。これ、ここに置いとこ。コーティーにも見てもらうんや」
イチハラ先輩は尻を教卓のど真ん中に鎮座させました。ご丁寧に色画用紙で作ったマットに「コーティーの尻」と筆で描いて。
その時の尻の存在感は、今でも忘れることができません。
ただ灰色の尻が教卓に置かれているというだけでもおかしいのに、作品名の書かれたマットが大切な作品であるということを主張していて、くだらなさとのギャップがまぶしい。そっと隠しておけば誰も怒られず傷つかないのに、わざわざ見せようという自己満足と多大なるスリル。
本当はずっとその尻の前でコーティーが会議から帰ってくるのを待ちたかったけど、イチハラ先輩の指示で「全員何もなかったようにいつも通りの活動」をしているふりをしました。しかし全員下唇を噛みしめ、下を向いて肩を震わせているので、部室はいつもよりずいぶん静かでした。
ほどなくしてコーティーが帰ってきました。遅くなったわ皆そろそろ帰るで~とあわただしく私たちに近づこうとしたその足音が止まり、私たちはそっとコーティーの方を見ました。
コーティーは尻に気付きました。
尻の下には「コーティーの尻」と書かれています。
コーティーは5秒程黙った後、その作品を色んな角度から見ていました。その間、真顔。
そして尻を掴み、「イ~チ~ハ~ラ~!」とイチハラ先輩に突進。
「あんたなー!こんなことして!もー!」
耳まで真っ赤にして尻をイチハラ先輩に押し付けます。
イチハラ先輩は笑いながら、「だって、コーティーのお尻、うち好きなんやもん!上手いやろ?」と尻を乾燥棚のてっぺんにおきました。
コーティーは「こんなん一番目立つとこには置かんとって!」と尻を美術準備室の窓側に持っていきました。
外野はもう我慢しなくてよくなったので尻完成時より笑い、その一方でコーティーが泣いたり深刻な雰囲気にしたりしなくて良かったとほっとしました。
今、振り返ると、コーティーはさすが美術の先生だと思います。
たとえそれが自分の尻であっても、いろんな角度から冷静に見て、作品として扱う。
たとえそれが自分の尻であっても、勝手に壊さず、製作者に敬意を持って扱う。
普通にみたら中学生の悪ふざけのようなものを、作品としてとらえてくれたのが、美術教師として素晴らしいと思います。
イチハラ先輩も、コーティーならそうやって見てくれると思ったから作ったのでしょうか。うーん、イチハラ先輩ならもしかしたらそこまで考えてないかもしれないけど、でもコーティーに信頼はあったのだと思います。
一歩間違えば教師いじめであるような行為を芸術的に完結させることができたのは、イチハラ先輩とコーティーだからなんでしょう。
もちろん、その後、コーティーに対して同様のいたずらは誰も致しておりません。
イチハラ先輩、すごい人だったな。元気かな。今は何をしているのな……