正直言って、英語は苦手。
どうして苦手になったかも、ちゃんと覚えている。
高校1年生の英語の授業で「英語を話すこと」を目的にした授業があった。
その授業を担当していたのは日本人のめちゃくちゃ元気なおばちゃん英語教師と、アメリカ出身のビッグボディな男性ALT。
このALTの見た目がそりゃもう怖かった。
彼は身長180㎝越え&横幅もOH!アメリカンBIG!!な黒人であった。
体が大きな黒人だから怖いのではない。
彼は教師らしからぬ金ネックレスとサングラスを身に着け、ドでかいスウェットに赤いキャップという服装であった。
どう見ても教師というより、強面ラッパー。
ストリート生まれHIPHOP育ち、悪い奴は大体友達という見た目だったのである。
漫画なら「怖い見た目に反して中身はお茶目☆」という展開もよくある。
が、現実はそう甘くない。彼は中身も辛口であった。
彼はものすごい速さで英語をしゃべり、生徒が聞き取れなくてもお構いなし。
さらに超スピードの質問に生徒が答えられなければ舌打ち、もしくは大きなため息と何らかのスラングが返ってきた。
そこをフォローするのが陽気なおばちゃん先生であり、彼女が居なければ授業は拷問であった。
しかし、私はただ彼が怖かったから英語が苦手になったのではない。
その授業で自分がした、あるミスが原因だった。
その授業は毎回小テストがあって、順番に得点を英語で発表していた。
ある日、私は小テストで10点満点中10点をとり、とても浮かれていた。
だって、自分より前に得点を発表した子たちは
「Eight.」「Six.」「Three....」
と言い、満点の子がいなかったから。
私はALTに「Pocchi(もちろん仮名),Are you?」と尋ねられ、
「I'm perfect!!」と答えた。かなり自信満々に。
すると、強面ラッパーは私に「Oh~~!? You said ”I'm perfect."? Really?wwwww」とか言って笑った後、べ~らべ~らべらべ~らと早口の英語でまくし立てたのである。
全く聞き取れなかったが、見た目もあいまって、強面ラッパーに突然始まったラップバトルでディスられている気分だった。
いや、気分というか、実際にディスられていた。
彼のターンが終了した後、私は何も返せず、ただ良くないことを言われたことを察してうつむいていた。
すると、いつも陽気なおばちゃん先生が「あ~あのね、うーん」と腕を組んで唸り、言葉を選びながら強面ラッパーのリリックの内容を翻訳してくれた。
「Perfectという言葉は全てが完ぺきな場合に使うの。だから、今回の小テストの点数だけじゃなくて、見た目とか、知識、運動、性格、すべてが本当に完ぺきな時に使うの。だからね、彼はこの場でPerfectを使うのはちょっと違うよ、って言ってる」
おばちゃん先生、だいぶ表現をマイルドにしてくれたのが分かった。
ちょっとなんてもんじゃない。
だいぶディスられていた、はず。
早口でまくし立てたその内容は分からなかったが、彼が最後にゆっくりと「You are not perfect.」と言ったことだけはハッキリわかった。
そう、確かに彼が言う通り、私はPerfectではありません。
そもそもそんな言葉を間違ってつかうような奴の頭脳はperfectではございませんものね。
見た目だって、イルカから生まれたかのような顔面で、芋っぽい制服の着こなし。
家柄だって貧乏でよくないし。性格も根暗。
だからおっしゃる通りなんです。私はNot Perfectな人間です。
強面ラッパーはそこまで私を否定していなかった(はず)だけど、分からない言葉でディスられたことにより女子高生の私は傷ついた。
今だったら大きな引き笑いをかまして、「あはは~!ソーリー!アイムノットパーフェクトウーマン~!」と笑い飛ばすおばちゃんメンタルがあるけど、女子高生のハートは廃車寸前に凹んだ。
泣きこそはしなかったものの、落ち込んだ。
私は何も言わず席に座り、じっと教科書の挿絵ばかり見て、その後は発言しなかった。
翌週からも、その授業では自分から手を挙げて発言することはなくなった。
ふいに当てられても、教科書にある例文の単語を少し変えたレベルのようなことしか言わなくなった。
間違えることが怖くなってしまったのである。
間違えると皆が見ている前であんなにディスられて、恥をかかされる。
それが怖かった。完全にトラウマである。
翌年、強面ラッパーが国に帰ってもトラウマは続いた。
英語を読んだり、書いたりすること自体は大丈夫だったけど、喋るには変な汗をかくようになった。
教科書の通り、完ぺきな文章を組み立てて、それをメモするなり暗記するなりしてから喋る。
でないと、また間違ってしまう。
ディスられてしまう。
私はNot Perfectだから。
というわけで、強面ラッパーが「それはまちがってるよ」の一言だけでいいものを、余計なトゲをはやした剛速球を投げ込んだことにより、私は英会話が怖くなってしまった。
そのまま高校も大学も英会話らしきものを避けながら生きてきた。
幸い日本は英語が喋れなくても困ることがないのでなんとかなってきた。
就職するまでは。
私は助産師として公立病院に就職した。
そこでは年に大体5人くらい、日本語が分からない外国の妊婦さんが出産や切迫早産の入院をする。
彼女たちには、運が良ければ通訳の役割をする人がいる。
でもその人たちもずっと付き添ってくれるわけじゃないし、普段の会話は訳せても、医療的な会話になると通訳できなかったりする。
だから、彼女たちとは直接マンツーマンで話さなければいけないのだ、英語で。
え、英語。
はじめは足がすくんだ。その妊婦さんの担当にはなりたくないと思った。
だって、また間違ったら鼻で笑われたり、ディスられるんじゃないか。
あの恐怖再び、なのでは?と足取り重く彼女の病室に向かった。
しかしいざ話してみると、彼女たちも英語が得意ではないのだ。
私たちと共通で知っている言語にかろうじて英語があるだけで、英語が母国語ではないパターンがほとんどである。
だから互いに単語を1つずつゆっくり生み出し、たどたどしく話す。
彼女たちと話す時はイントネーション、アクセント、文法、言葉の選び方、どれも互いに正解を知らないので、完璧に正しいことに重きをおく必要がない。
ただ伝わればいいのである。
手段も選ばなくていい。たどたどしく英語を話しながらのボディランゲージはかかせない。
口頭だけで伝わらない時は紙に単語を書いたし、それでも伝わらない時はスマホで英訳や母国語に変換して画面を見せた。
そうすれば大体わかってもらえたし、私たちも彼女たちの言葉を掴むことができた。
私でも英語でコミュニケーションをとることができる、そう実感できて初めて英語を便利で楽しい言語だと思った。
妊娠30週の切迫早産で入院した妊婦さんが37週で正期産の時期を迎え退院することになった日には、もう私は英語が怖くなくなっていた。
怖くなくなっただけで、得意ではないけども。
英語で「何かあったら、連絡頂戴ね」と彼女にいうと、彼女は大きな声で「OK!ダイジョ~ブネ~!」と日本語で言ってくれた。
本当に大丈夫かな~と心配な気持ちもあったけども、再び彼女が出産をしに来るときには外国人である彼女を、そして英語を恐れず受け入れることができる、そう思えました。
春から2歳児クラスになる息子の保育園でも月に2回、英語の先生がきている。
底抜けに明るくて笑顔の素敵な先生で、子どもたちのことをすごく可愛がってくれる。
先生は遅刻して途中からレッスンに参加した息子の頭を撫で、
「Good morning,sweetie!」と言ってくれる。
それに対し、息子が「Good morning」と返さなくても笑顔で受け止めてくれる。
それがすごくありがたい。
レッスン中は全て英語で歌を歌ったり、ダンスをしたり、単語のクイズをしたり。
先生は全て英語で喋るけど、子どもたちに英語を喋りなさいという強制的な空気がない。(まだ日本語もろくに喋れないような年齢の子たちに対する英語レッスンなんだから当たり前といえばそうだが)
間違えても、優しく教えてくれる。挑戦したことを褒めてくれる。
英語のレッスンの日、子どもたちはずっと園の外に聞こえるくらい大きな声でキャーキャー喜んでいる。
息子はすごく良い英語のレッスンを受けていると思う。
私は自らの経験から、息子に英語を学ぶ上で知ってほしいことが2つある。
1つ目は英語は通じれば楽しいということと、
2つ目は間違えても大丈夫だということである。
私が学校で英語を勉強していたときは、楽しさよりも義務感や成績のことを考えて英語を勉強していた。
そこに強面ラッパーの件があったので、英語は楽しさとはかけ離れ、さらに間違ってはいけないものだと思い込んでしまった。
仕事で外国人の妊婦さんととコミュニケーションがとれる喜びを知ったから、その思い込みを払拭することができたけど、本来英語は楽しいものだと分かっていればそのような思いこみを抱えることもなかったかもしれない。
少なくとも、英語に対しておびえるような気持ちはなかっただろうと思う。
あの強面ラッパーの性格が悪いだけだと、気持ちを切り替えて英語に取り組めたと思う。
だから息子には英語は楽しいものだと学んでもらいたい。
たくさん挑戦して、そのなかで失敗をしても問題ないことを学んでほしい。
間違えることを恐れないでほしい。
息子に希望をかけているけど、私ももう一度英語をちゃんと勉強したいと思っている。
受験のための英語でなく、人と話すための英語を。
あの時の報復として、強面ラッパーにラップバトルを挑めるくらい、英語が喋れるようになりたい。
間違えてもへっちゃらだと学んだ私は、女子高生の時よりだいぶ強い。
まってろ、強面ラッパー。
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